味なんてない爽やかさー「SALADA DAYS」

ふるさとは遠くにありて思うもの、そして悲しくうたうもの。

そんな歌を習った中学時代、僕は初恋の残滓(曖昧な失恋)にもがき苦しんでいた。

いつかこの街を出た時に、いやそもそもこの街を出られるかもわからないけれども、この苦しみやあの笑顔、声、香り、やわらかな優しさ、通学路で申し訳なさそうに微笑む彼女の口元を、笑って思い出すだろうー。

まさか、日々の忙しさの中で、思い出すことすらなくなってしまうなんて夢にも思っていなかった。

 

社会人として仕事の渦に翻弄れながら葛藤する生活を10年以上経験し、忘れたいことや思い出したくないことが詰まった脳味噌は、かつて永遠に抱くと思われた恋慕を蹂躙し、吸収し、一緒くたにした。

こうなると、単体で取り出すのは難しい。

何か触媒が必要だ。

 

恋する中高生の物語は、必ずしもハッピーエンドじゃない。

時を経て、良い時間だったと咀嚼するまでには、人生を味わうことが不可欠だ。

経験は知見になり、感性を豊かにする。

味を知るほどに、生き方の幅が広がる。

そうして大人になっていく。

 

そしてたまには、プレーンで瑞々しいサラダを食べる。

自分が歩んで来た、不器用で単純な、けれど爽やかだったサラダデイズを、あの頃の仲間たちと囲みたい。