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ハンパな自分からの一歩ー『銀色自転車(「僕らの変拍子」収載)』

オトコが自転車から卒業するのは、いつのことなのだろうか。

 

原チャリの免許を取った時?

車でデートに出掛けた時?

電車と歩きが便利な都会へ住み始めた時?

普遍的なシチュエーションはこんなところか。

 

僕は35歳まで自転車に乗っていた(今は足腰を鍛えるため、徒歩の機会を増やしている)。

通学にも通勤にも便利だったし、いちいちエンジンをかけるよりも「思い立ったら乗れる、楽で早い移動手段」は、車を乗り回すようになっても魅力的だった。

そんな実用面に加えて、学生のころ、並走する友人や恋人と他愛もない話をしながら漕いだペダルの重さが、話の内容次第で変わることが不思議だった。

今も自転車に乗る学生を見ると、微笑ましさと胸の痛みが混ざり合う。

このざわつきがなくならない限り、「卒業」したとは言えないのだろう。

 

僕の大好きな漫画家である冬目景氏の初期短編集『僕らの変拍子』に収載された『銀色自転車』の主人公・太田は、除籍ギリギリの留年を続ける大学生。

社会人となった友人達の飲み会にも、一人ジーンズにくたびれたコートで参加する。

移動手段は、長年愛用している銀色の自転車だ。

バイト先の愚痴をこぼす彼に、同席している元恋人は、(酒の力を多分に借りながら)嫌味を浴びせ、口論となる。

そのままお開きとなった会場から家路に着く太田を彼女は引き止め、駅まで送るよう強引に願い、二人乗りで向かう。

 

「何も聞ーてくれなかったじゃん、あたしの言うことなんか」

「見返りなんて期待するんじゃなかった。バッカみたい」

 

顔が見えない後部座席から彼女が発する言葉は、確実に太田を攻め上げる。

悪態で返すラリーは駅まで続き、いつものとおりそのまま別れる。

はずだった。

 

「あたしねー、結婚すんの」

 

二人を結びつけ、幸せな時代の象徴だった自転車。

バイト先でのある出来事をきっかけに、太田はこの自転車を手放すことになる。

結婚準備に忙しい彼女にもその影響は及び、ラストとなる。

 

自転車の二人乗りと並走とでは、「相手の表情が見えない」「後部座席は運転者にすべてを委ねる」点が異なる。

彼女はかつて、太田の後部座席に乗せてほしいと言い、そこから二人は始まった。

もう後部座席には誰もいない。

顔色をうかがわなくて良い気楽さと、誰からも頼りにされない虚しさが残る。

そんな幸せな時代の象徴を彼女に託すことで、自分の中で区切りをつけることになる。

 

かつて一緒に自転車で走りながら笑いあった友人や恋人達は、今もどこかでペダルを漕いでいるのだろうか。

たまに地元に帰ったら、そんな話の一つでもしてみよう。